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    世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

    「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」/村上春樹
    世界の終わり世界の終わり2

    本を読み出したのは近年という僕の短い短い読書人生。
    読書ってなんだろう?本を読むと何があるのか?そんなことが気になっていた頃の読書感想を発見しました。
    新しい読書体験に出会った時の当時の興奮具合が自分自身にひしひしと。ひしひしと恥ずかしさも連れて。
    本との出会いが遅かったことで、宝の山を見つけた気分になれたあの頃から。
    今も変わらず、本の楽しさは尽きることありません。
    楽しいことは多くの人と共有したいから。の本屋です。

    2008/1/11
    僕の頭の中に2つの世界を創り出して物語は終わった。

    読み始めてどれくらいたったのだろう。
    ひと月かひと月半か。
    今思えば、限られた時間、限られた光源を頼りに夜毎行われる本を読むと言う行為は、それ自体が物語に登場する”夢読み”の作業のようで不思議な気分になる。
    新しくできた2つの世界と僕が生きるこの世界が順番に、けれども並列して進むような錯覚さえ覚えたのは村上春樹の語る言葉が、僕の想像しうる表現を遥かに越えたやさしく、美しく、芸術的なものだったからだと思う。
    彼の魔法のような言葉は、まるで克明な記憶であるかのように僕の中に世界を作り上げていった。
    そしてそれは、いつしか僕が長く親しんだ2つ世界に親しみを感じるほどになっていた。

    ”魔法のような言葉”というのは正確には、”魔法のように僕の想像力をかき立てる言葉”を意味する。

    今回の読書体験で僕が一番興奮したこと。
    ひとつは、視覚や聴覚から入るものよりも、文章によって脳内で想起されるイメージの方が圧倒的な刺激をもっていたこと。
    ここ最近も、目や耳から入る刺激だってそれなりにはあったけれど、村上春樹が紡ぐ言葉によって僕の脳みそ(記憶や経験といった類のもの)が反応して(色や音や匂いまで!)世界を創るという、化学反応のような体験は、読書初心者が経験する一時的な熱病かもしれないけれど、これはひょっとして”究極の表現ではないか”という行き過ぎた解釈がチラツク程度に僕を興奮させている。

    そしてもうひとつは、僕を興奮させている頭の中のあれやこれやが、(当たり前のことながら)僕固有の世界であって、みんながみんな違った色、温度、空気、匂いを作り出して感じているということ。
    僕の中に産れた世界や人々は、僕の中にだけ存在する。
    こんなに確かな(錯覚を持つような)世界があるのに、現実ではないなんて。
    いや、現実だって僕の目や耳や鼻の穴から入った情報を脳みそが作ったイメージでしかないのだから、そんなに大差ないのかもしれないけれど。

    と、軽くカルチャーショック程度の衝撃を受ける体験ができたこと。この本に出会えて本当に良かったと思う。
    数少ない読書経験で早くもこれほどショックを受けるなんて、僕は相当に幸せ。
    この出会いを作ってくれた友人にも感謝しています。

    村上作品ははじめてなのだけど、彼の語り口は初心者の僕にも入りやすく、その巧みな表現を満喫できた。ぶっ飛んだ話なのに、とても現実的で考えさせられる内容が多かったのも非常に僕好みだった。
    冒頭、訳が分からず読み辛いかもしれないけれど、3話も読めば巻き込まれるのじゃないかと思う。もちろん、空想、妄想する免許が必要です。

    (はせがわ)


    世界の終わりと~は、言葉ってこんなに凄いものなのかと思わせられた最初の作品です。
    これのお陰で未だつづいている読書の深みにはまっているのです。
    想像力を掻き立てられるというフレコミで紹介してくれた友人には感謝しなければなりません。

    以後、村上春樹は数冊読みましたが、想像力豊かな方には特に本作をお薦めします。
    そう、今みたいな寒い季節に読んで下さい。
    心まで凍ってしまいそうな灰色の空の下へ。

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